等角性
正則関数は一次式で近似できる関数であった。
f′(z0)=0のとき、その一次式f(z0)+f′(z0)(z−z0)は回転拡大と平行移動の合成であり、図形の角を保つ。
このことから、正則関数は曲線の交わる角を保つという性質が導かれる。
f′(z0)=0のとき、z0で交わる2曲線の接ベクトルは、どちらも同じ角argf′(z0)だけ回転し同じ倍率で伸びる。したがって交角θは向きも込めて保たれる。
正則関数の等角性
fがz=z0で正則でありf′(z0)=0とする。
z0で交わる2つの滑らかな曲線γ1,γ2が、それぞれt=t0でz0を通り、そこで接ベクトルが消えていない
(z1′(t0)=0かつz2′(t0)=0)とする。
このときz0における接ベクトルのなす角と、
f(z0)における像の曲線f∘γ1,f∘γ2の接ベクトルのなす角は、向きも込めて等しい。
接ベクトルが消えていないという条件は、そこでの偏角argzj′(t0)を考えるために要る。
例えばγ(t)=t3は何回でも微分できるがγ′(0)=0であり、原点での接ベクトルの向きが定まらない。
f′(z0)=0が写像の側の条件であるのに対し、こちらは曲線の側の条件である。
証明
z(t)を曲線γのパラメータ表示とし、w(t)=f(z(t))をfでうつした曲線のパラメータ表示とする。
合成関数の微分により
w′(t)=f′(z(t))z′(t)であるから、偏角をとると
argw′(t)=argz′(t)+argf′(z(t))となる。
いまγ1,γ2がともにt=t0でz0を通るとすると、それぞれの像の接ベクトルの偏角は
argz1′(t0)+argf′(z0),argz2′(t0)+argf′(z0)である。
どちらにも同じargf′(z0)が加わるだけなので、その差
argz2′(t0)−argz1′(t0)は変化しない。
これが2つの接ベクトルのなす角であるから、角は向きも込めて保たれる。
証明から分かるように、fによる像の接ベクトルは、もとの接ベクトルを一律にargf′(z0)だけ回転し∣f′(z0)∣倍したものである。
角が保たれるのは、この回転と拡大がどの方向の接ベクトルに対しても同じだからである。
f′(z0)=0のときはこの議論が使えず、実際に角は保たれない。
例えばf(z)=z2はz0=0でf′(0)=0である。
原点から出る偏角αの半直線は偏角2αの半直線にうつるので、原点で交わる2本の半直線の偏角の差は2倍になる。
ここで「接ベクトルのなす角」ではなく「半直線の偏角の差」と言ったのには理由がある。
半直線をz(t)=teiα(t≥0)とパラメータづけると像はt2e2iαで、そのt=0での接ベクトルは0である。
元の半直線の接ベクトルz′(0)=eiαは消えていないので、崩れているのはf′(z0)=0の方である。
像の接ベクトルが消えるのはその帰結であり、そのために像の側で偏角を取れなくなっている。
ヤコビ行列から見た等角性
コーシーリーマンの方程式で見たように、正則関数のヤコビ行列は
J=(ab−ba)
の形をしていた。
r=a2+b2とおくと
J=r(cosθsinθ−sinθcosθ)
と書ける。
つまりヤコビ行列は回転行列のスカラー倍であり、線形写像としてすべてのベクトルを同じ角だけ回転し同じ倍率で伸ばす。
角が保たれるのはこのためである。
逆に、実二変数の写像で微分が至るところ回転行列のスカラー倍(かつ0でない)になっているものは、コーシーリーマンの方程式を満たすので正則である。
このように等角性は正則性のほぼ言い換えになっている。