初等関数の冪級数展開

正則関数が冪級数展開できることが分かったので、初等関数について実際に展開を計算してみよう。 まず応用としてロピタルの定理を述べ、その後で代表的な初等関数の展開を与える。

ロピタルの定理

ロピタルの定理

f,gf, gがz=αz=\alphaで解析的であり、n=0,…,m−1n=0,\ldots,m-1に対してf(n)(α)=g(n)(α)=0f^{(n)}(\alpha)=g^{(n)}(\alpha)=0とする。 このときg(m)(α)≠0g^{(m)}(\alpha)\neq0であれば

lim⁡z→αf(z)g(z)=f(m)(α)g(m)(α)\lim_{z\to\alpha}\frac{f(z)}{g(z)}=\frac{f^{(m)}(\alpha)}{g^{(m)}(\alpha)}

が成り立つ。

冪級数展開を使えば証明は容易である。 仮定からf(z)=∑n≥mf(n)(α)n!(z−α)nf(z)=\displaystyle\sum_{n\geq m}\frac{f^{(n)}(\alpha)}{n!}(z-\alpha)^n、ggも同様なので、

f(z)g(z)=(z−α)m(f(m)(α)m!+O(z−α))(z−α)m(g(m)(α)m!+O(z−α))\frac{f(z)}{g(z)}=\frac{(z-\alpha)^m\left(\frac{f^{(m)}(\alpha)}{m!}+O(z-\alpha)\right)}{(z-\alpha)^m\left(\frac{g^{(m)}(\alpha)}{m!}+O(z-\alpha)\right)}

となり、(z−α)m(z-\alpha)^mが約分できてz→αz\to\alphaの極限が取れる。

ロピタルの定理の計算例
lim⁡z→e2πi/nz−e2πi/nzn−1\lim_{z\to e^{2\pi i/n}}\frac{z-e^{2\pi i/n}}{z^n-1}

を求めよう。 α=e2πi/n\alpha=e^{2\pi i/n}とおくとαn=1\alpha^n=1である。 分子の導関数は11、分母の導関数はnzn−1nz^{n-1}で、nαn−1=nαnα=nαn\alpha^{n-1}=\dfrac{n\alpha^n}{\alpha}=\dfrac{n}{\alpha}であるから、極限はαn=e2πi/nn\dfrac{\alpha}{n}=\dfrac{e^{2\pi i/n}}{n}である。

lim⁡z→0ez−cos⁡z−zz2\lim_{z\to 0}\frac{e^z-\cos z-z}{z^2}

は、ez−cos⁡z−z=(1+z+z22)−(1−z22)−z+O(z3)=z2+O(z3)e^z-\cos z-z=\left(1+z+\dfrac{z^2}{2}\right)-\left(1-\dfrac{z^2}{2}\right)-z+O(z^3)=z^2+O(z^3)より11である。

lim⁡z→icosh⁡(πz/2)Log⁡(−iz)\lim_{z\to i}\frac{\cosh(\pi z/2)}{\operatorname{Log}(-iz)}

は、z=iz=iで分子・分母ともに00になる。 分子の導関数はπ2sinh⁡(πz/2)\dfrac{\pi}{2}\sinh(\pi z/2)でz=iz=iではπ2sinh⁡πi2=πi2\dfrac{\pi}{2}\sinh\dfrac{\pi i}{2}=\dfrac{\pi i}{2}、 分母の導関数は1z\dfrac{1}{z}でz=iz=iでは−i-iである。 よって極限はπi/2−i=−π2\dfrac{\pi i/2}{-i}=-\dfrac{\pi}{2}である。

代表的な冪級数展開

微分係数の積分表示で見たように、正則関数はテイラー展開できる。 ffが∣z−a∣<R\lvert z-a\rvert<Rで正則ならば、その範囲で

f(z)=∑n=0∞f(n)(a)n!(z−a)nf(z)=\sum_{n=0}^\infty\frac{f^{(n)}(a)}{n!}(z-a)^n

が成り立つ。 これを使えば、第2章で定義した初等関数の展開を計算できる。

指数関数

第2章ではexp⁡(x+iy)=ex(cos⁡y+isin⁡y)\exp(x+iy)=e^x(\cos y+i\sin y)を定義とし、冪級数との一致は後で確かめると述べた。 ここで回収する。

第3章の初等関数の正則性でexp⁡′=exp⁡\exp'=\expを示した。 繰り返せばexp⁡(n)=exp⁡\exp^{(n)}=\expであり、exp⁡(0)=1\exp(0)=1だからexp⁡(n)(0)=1\exp^{(n)}(0)=1である。 exp⁡\expはC\C全体で正則なのでa=0a=0、R=∞R=\inftyとしてテイラー展開でき、

ez=∑n=0∞1n!zne^z=\sum_{n=0}^\infty\frac{1}{n!}z^n

を得る。 収束半径は∞\inftyである。

依存関係の確認

exp⁡\expの冪級数展開を得るのにexp⁡′=exp⁡\exp'=\expを使い、そのexp⁡′=exp⁡\exp'=\expの証明にこの展開を使っていたのでは循環する。 そうなっていないことを、ここで一度確かめておく。

  1. 第2章:exp⁡(x+iy)=ex(cos⁡y+isin⁡y)\exp(x+iy)=e^x(\cos y+i\sin y)を定義とする。使うのは実関数ex,cos⁡y,sin⁡ye^x,\cos y,\sin yだけである
  2. 第3章:h=s+ith=s+itとして実関数の原点での微分を代入し、exp⁡(h)=1+h+o(∣h∣)\exp(h)=1+h+o(\lvert h\rvert)からexp⁡′=exp⁡\exp'=\expを示す。冪級数は使わない
  3. 第6章:コーシーの積分公式を示す。指数関数とは独立である
  4. 第7章:積分公式から正則関数がテイラー展開できることを示す
  5. 本記事:2と4から係数exp⁡(n)(0)/n!=1/n!\exp^{(n)}(0)/n!=1/n!を計算する

各段は一つ前までの結果しか使っておらず、どこにも戻る矢印がない。 次に、三角関数の展開をexp⁡\expの展開から導く。

三角関数

三角関数はcos⁡z=eiz+e−iz2\cos z=\dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}{2}、sin⁡z=eiz−e−iz2i\sin z=\dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}と定義した。 指数関数の展開に±iz\pm izを代入して足し引きすると、奇数次または偶数次の項が消えて

cos⁡z=∑n=0∞(−1)n(2n)!z2n,sin⁡z=∑n=0∞(−1)n(2n+1)!z2n+1\cos z=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{(2n)!}z^{2n},\qquad \sin z=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{(2n+1)!}z^{2n+1}

となる。 いずれも収束半径は∞\inftyである。

対数関数

対数関数の主値は

Log⁡(1+z)=∑n=1∞(−1)n−1nzn\operatorname{Log}(1+z)=\sum_{n=1}^\infty\frac{(-1)^{n-1}}{n}z^n

で、収束半径は11である。 z=−1z=-1が特異点なので、それ以上には広がらない。

冪関数

冪関数は、∣z∣<1\lvert z\rvert<1において主値Log⁡\operatorname{Log}を用いて

(1+z)α=exp⁡(αLog⁡(1+z))(1+z)^\alpha=\exp(\alpha\operatorname{Log}(1+z))

と分枝を定めると

(1+z)α=∑n=0∞(αn)zn(1+z)^\alpha=\sum_{n=0}^\infty\binom{\alpha}{n}z^n

で、収束半径はα\alphaが非負整数のとき∞\infty、それ以外のとき11である。 ここで(αn)\binom{\alpha}{n}は一般化二項係数

(αn)=α(α−1)⋯(α−n+1)n!\binom{\alpha}{n}=\frac{\alpha(\alpha-1)\cdots(\alpha-n+1)}{n!}

である。

分枝を指定しないとこの等式は意味を持たない。 右辺の定数項は11なので、原点で値11を取る分枝を選んでいる。 例えばα=12\alpha=\dfrac{1}{2}で原点の値が−1-1の平方根を選べば、左辺は右辺の−1-1倍になる。

冪級数の演算による計算

新しい展開は、既知の展開の和・積・合成や、変数の置き換え、項別微積分から得られることが多い。 収束半径については次の見方が有用である。

ffがα\alphaの周りで冪級数展開できるとき、その収束半径はα\alphaからffの最も近い特異点までの距離に等しい。 有理関数なら、約分したあとに実際に残る極までの距離を見ればよい。

分母の零点をそのまま数えてはいけない。 例えばz2−1z−1\dfrac{z^2-1}{z-1}はz=1z=1で分母が00になるが、約分するとz+1z+1であり除去可能特異点なので、 z=0z=0中心の収束半径は∞\inftyである。

同じ理由で、定義域を人為的に狭めたり分枝切断を入れたりしても、その境界がそのまま展開を妨げる特異点になるわけではない。 効くのは、延長できない本当の特異点までの距離である。

冪級数展開の計算例

いずれも指示された点を中心とする展開と収束半径を求める。

f(z)=e2zf(z)=e^{2z}(z=0z=0):∑n=0∞2nn!zn\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{2^n}{n!}z^n、R=∞R=\infty。

f(z)=1z2+1f(z)=\dfrac{1}{z^2+1}(z=0z=0):等比級数より∑n=0∞(−1)nz2n\displaystyle\sum_{n=0}^\infty(-1)^nz^{2n}、R=1R=1。特異点±i\pm iまでの距離が11。

f(z)=1z+1f(z)=\dfrac{1}{z+1}(z=1z=1):12+(z−1)=12⋅11+z−12\dfrac{1}{2+(z-1)}=\dfrac{1}{2}\cdot\dfrac{1}{1+\frac{z-1}{2}}より∑n=0∞(−1)n2n+1(z−1)n\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{2^{n+1}}(z-1)^n、R=2R=2。特異点z=−1z=-1までの距離。

f(z)=cos⁡zf(z)=\cos z(z=0z=0):∑n=0∞(−1)n(2n)!z2n\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{(2n)!}z^{2n}、R=∞R=\infty。

f(z)=1z2−3z+2f(z)=\dfrac{1}{z^2-3z+2}(z=0z=0):部分分数分解1z−2−1z−1\dfrac{1}{z-2}-\dfrac{1}{z-1}から ∑n=0∞(1−12n+1)zn\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\left(1-\frac{1}{2^{n+1}}\right)z^n、R=1R=1。特異点z=1,2z=1, 2のうち近い方までの距離。

f(z)=z2cos⁡z2f(z)=z^2\cos z^2(z=0z=0):∑n=0∞(−1)n(2n)!z4n+2\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{(2n)!}z^{4n+2}、R=∞R=\infty。

f(z)=(1+z)ezf(z)=(1+z)e^z(z=0z=0):∑n=0∞n+1n!zn\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{n+1}{n!}z^n、R=∞R=\infty。

項別微積分を用いた計算例

log⁡(1+z)\log(1+z)(z=0z=0):(Log⁡(1+z))′=11+z=∑n=0∞(−1)nzn(\operatorname{Log}(1+z))'=\dfrac{1}{1+z}=\displaystyle\sum_{n=0}^\infty(-1)^nz^nを項別積分して ∑n=1∞(−1)n−1nzn\displaystyle\sum_{n=1}^\infty\frac{(-1)^{n-1}}{n}z^n、R=1R=1。

sin⁡z\sin z(z=0z=0):(cos⁡z)′=−sin⁡z(\cos z)'=-\sin zよりcos⁡z\cos zの展開を項別微分して符号を変え、 ∑n=0∞(−1)n(2n+1)!z2n+1\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{(2n+1)!}z^{2n+1}、R=∞R=\infty。

1(1−z)3\dfrac{1}{(1-z)^3}(z=0z=0):11−z=∑nzn\dfrac{1}{1-z}=\displaystyle\sum_nz^nを22回項別微分すると2(1−z)3\dfrac{2}{(1-z)^3}になるので、 ∑n=0∞(n+22)zn\displaystyle\sum_{n=0}^\infty\binom{n+2}{2}z^n、R=1R=1。

1cos⁡z\dfrac{1}{\cos z}(z=0z=0):1+z22+5z424+⋯1+\dfrac{z^2}{2}+\dfrac{5z^4}{24}+\cdots、R=π2R=\dfrac{\pi}{2}。cos⁡z\cos zの最も近い零点までの距離。

tan⁡z\tan z(z=0z=0):z+z33+2z515+⋯z+\dfrac{z^3}{3}+\dfrac{2z^5}{15}+\cdots、R=π2R=\dfrac{\pi}{2}。

11−sin⁡z\dfrac{1}{1-\sin z}(z=0z=0):1+z+z2+56z3+⋯1+z+z^2+\dfrac{5}{6}z^3+\cdots、R=π2R=\dfrac{\pi}{2}。1−sin⁡z1-\sin zの零点z=π2z=\dfrac{\pi}{2}までの距離。

最後の三つのように展開の一般項が簡単に書けない場合でも、収束半径は特異点の位置から読み取れる。 これは複素関数として見て初めて分かることである。 例えば実関数として11+x2\dfrac{1}{1+x^2}を見ても、x=0x=0でのテイラー展開の収束半径が11である理由は説明できないが、複素数の範囲で±i\pm iが特異点だと分かれば納得できる。