指数関数と三角関数

複素数に対する指数関数を定義しよう。

実数の範囲でのexe^xを複素数に拡張したいのだが、拡張の仕方は一通りとは限らない。 そこで、拡張に何を要求するかをまず決める。

指数関数に要求する条件

複素関数exp⁡:C→C\exp:\C\to\Cに次を要求する。

  1. 実数xxに対しては既知の指数関数に一致する。すなわちexp⁡(x)=ex\exp(x)=e^x
  2. 指数法則exp⁡(z+w)=exp⁡(z)exp⁡(w)\exp(z+w)=\exp(z)\exp(w)を満たす
  3. 角を向きも込めて保つ(等角である)
  4. 連続であり、y=0y=0においてy↦exp⁡(iy)y\mapsto\exp(iy)は速さ11で動く

ここでいう「角を保つ」は、定義域で交わる二曲線の交角が像でも保たれるという初等的な意味である。 第3章の等角性で、導関数が00でない正則関数はこの性質を自動的に持つことを見る。 ここではそれを結果として使うのではなく、拡張を絞り込むための要求として課している。

条件3で「向きも込めて」と断ったのは、角の大きさだけを要求したのでは拡張が一通りに決まらないためである。 実際

F(z)=ezˉ=ex(cos⁡y−isin⁡y)F(z)=e^{\bar z}=e^x(\cos y-i\sin y)

は条件1・2・4を満たし、交角の大きさも保つ。 これは鏡に映したように向きを反転する写像であり、これを除くために向きの条件が要る。

これだけでexp⁡\expの形が決まってしまう。

等角性から形を決める

exp⁡(iy)\exp(iy) を決めれば十分

条件2より

exp⁡(x+iy)=exp⁡(x)exp⁡(iy)=exexp⁡(iy)\exp(x+iy)=\exp(x)\exp(iy)=e^x\exp(iy)

である。 条件1でexp⁡(x)=ex\exp(x)=e^xは既知だから、残るのはexp⁡(iy)\exp(iy)を決めることだけである。

横線は原点からの半直線にうつる

虚部をy0y_0に固定した横線{x+iy0:x∈R}\{x+iy_0 : x\in\R\}の像は

{exexp⁡(iy0):x∈R}\{e^x\exp(iy_0) : x\in\R\}

である。 exe^xは正の実数全体を動くので、これは原点からexp⁡(iy0)\exp(iy_0)の方向に伸びる半直線である。

y0y_0を動かせば、横線の族は原点から放射状に出る半直線の族にうつる。

縦線は原点中心の円にうつる

定義域において横線と縦線は直交している。 条件3より、像も直交していなければならない。

実部を00に固定した縦線の像は曲線y↦exp⁡(iy)y\mapsto\exp(iy)である。 これが原点から出るすべての半直線と直交するのだから、この曲線は原点を中心とする円の上にある。 条件1からexp⁡(0)=e0=1\exp(0)=e^0=1なので、通る点は11である。

したがってy↦exp⁡(iy)y\mapsto\exp(iy)は単位円周上を動く。 すなわち

∣exp⁡(iy)∣=1\lvert\exp(iy)\rvert=1

である。

単位円周上の点は偏角で表せるから、ある実数値関数θ(y)\theta(y)を用いて

exp⁡(iy)=cos⁡θ(y)+isin⁡θ(y)\exp(iy)=\cos\theta(y)+i\sin\theta(y)

と書ける。 偏角には2π2\piの整数倍の不定性があるが、yyに沿って連続に追跡することでθ\thetaを連続関数として選べる。 さらにexp⁡(0)=1\exp(0)=1なので、θ(0)=0\theta(0)=0となるように正規化しておく。

偏角は yy に比例する

条件2をexp⁡(i(y1+y2))=exp⁡(iy1)exp⁡(iy2)\exp(i(y_1+y_2))=\exp(iy_1)\exp(iy_2)として使うと、極形式の積は偏角の和であったから

θ(y1+y2)≡θ(y1)+θ(y2)(mod2π)\theta(y_1+y_2)\equiv\theta(y_1)+\theta(y_2)\pmod{2\pi}

である。

これは合同式なので、このままでは実数の加法性として使えない。 そこで差

D(y1,y2)=θ(y1+y2)−θ(y1)−θ(y2)D(y_1,y_2)=\theta(y_1+y_2)-\theta(y_1)-\theta(y_2)

を考える。 合同式よりDDは2πZ2\pi\Zに値を取り、θ\thetaが連続だからDDは(y1,y2)(y_1,y_2)について連続である。 連続関数が離散集合2πZ2\pi\Zに値を取るなら定数であり、D(0,0)=0D(0,0)=0だからD≡0D\equiv0である。 こうして実数の等式

θ(y1+y2)=θ(y1)+θ(y2)\theta(y_1+y_2)=\theta(y_1)+\theta(y_2)

が得られる。

この加法性から、まず整数・有理数qqに対しθ(q)=qθ(1)\theta(q)=q\theta(1)が従い、θ\thetaが連続なので実数全体でθ(y)=cy\theta(y)=cy(c=θ(1)c=\theta(1))となる。

条件4の正規化を使う。 exp⁡(iy)=cos⁡(cy)+isin⁡(cy)\exp(iy)=\cos(cy)+i\sin(cy)をyyで微分すると

ddyexp⁡(iy)=c(−sin⁡(cy)+icos⁡(cy))\frac{d}{dy}\exp(iy)=c\bigl(-\sin(cy)+i\cos(cy)\bigr)

であり、その速さは∣c∣\lvert c\rvertである。 条件4よりこれが11だからc=±1c=\pm1である。

符号は条件3の向きから決まる。 原点において、定義域の実軸方向11と虚軸方向iiのなす角は+π2+\dfrac{\pi}{2}である。 像の側では、横線の像の接ベクトルがddxex∣x=0=1\dfrac{d}{dx}e^x\Big\vert_{x=0}=1、縦線の像の接ベクトルがddyeicy∣y=0=ic\dfrac{d}{dy}e^{icy}\Big\vert_{y=0}=icであり、 11からicicへの角はc>0c>0なら+π2+\dfrac{\pi}{2}、c<0c<0なら−π2-\dfrac{\pi}{2}である。 向きも込めて角が保たれるのはc>0c>0の場合だから、c=1c=1を得る。

c=−1c=-1としたものが、先に挙げたF(z)=ezˉF(z)=e^{\bar z}にほかならない。

結論

以上から次の形に決まる。

複素指数関数

z=x+iyz=x+iyに対し

exp⁡(z)=ex(cos⁡y+isin⁡y)\exp(z)=e^x(\cos y+i\sin y)

と定める。 eze^zとも書く。

右辺に現れるのは実数の範囲での指数関数と三角関数だけなので、この式は定義としてそのまま意味を持つ。 上の議論は、この形が天下りではなく条件1〜4から導かれることを示している。

基本的な性質

指数法則

任意のz,w∈Cz, w\in\Cに対しexp⁡(z+w)=exp⁡(z)exp⁡(w)\exp(z+w)=\exp(z)\exp(w)が成り立つ。

証明

z=x1+iy1z=x_1+iy_1、w=x2+iy2w=x_2+iy_2とすると

exp⁡(z)exp⁡(w)=ex1ex2(cos⁡y1+isin⁡y1)(cos⁡y2+isin⁡y2)\exp(z)\exp(w)=e^{x_1}e^{x_2}(\cos y_1+i\sin y_1)(\cos y_2+i\sin y_2)

である。 実数の指数法則からex1ex2=ex1+x2e^{x_1}e^{x_2}=e^{x_1+x_2}であり、括弧の積は三角関数の加法定理により

cos⁡(y1+y2)+isin⁡(y1+y2)\cos(y_1+y_2)+i\sin(y_1+y_2)

となる。 よって右辺はexp⁡(z+w)\exp(z+w)に等しい。

証明に使ったのは実数の指数法則と三角関数の加法定理だけである。

周期性

exp⁡(z+2πi)=exp⁡(z)\exp(z+2\pi i)=\exp(z)である。 すなわちexp⁡\expは周期2πi2\pi iを持つ。

これはcos⁡,sin⁡\cos, \sinが周期2π2\piを持つことから直ちに従う。 特にexp⁡\expは単射でないので、全域で逆関数を持たない。 このことが次の記事で対数関数を多価関数として扱う理由になる。

また任意のzzに対しexp⁡(z)≠0\exp(z)\neq0である。 実際∣exp⁡(z)∣=ex>0\lvert\exp(z)\rvert=e^x>0である。

冪級数との関係

実数の範囲では

ex=∑n=0∞1n!xne^x=\sum_{n=0}^\infty\frac{1}{n!}x^n

であった。 この級数のxxをそのまま複素数zzに置き換えたものは、すべての複素数で収束して関数を定める。

実はそれが上で定めたexp⁡(z)\exp(z)に一致する。

exp⁡(z)=∑n=0∞1n!zn\exp(z)=\sum_{n=0}^\infty\frac{1}{n!}z^n

である。

このことは第7章の代表的な冪級数展開で確かめる。 そこでは、第3章で示すexp⁡′=exp⁡\exp'=\expと、正則関数がテイラー展開できるという定理を使って係数を計算する。 定義から展開までの依存関係も、そこで一覧にしてある。

なお、この級数を定義に採る流儀もある。 その場合はオイラーの公式exp⁡(x+iy)=ex(cos⁡y+isin⁡y)\exp(x+iy)=e^x(\cos y+i\sin y)が定理になる。 どちらから出発しても同じ関数が得られる。

指数関数による像

exp⁡\expがどのような写像かを把握しておこう。 上の導出で見たとおりである。

横線y=y0y=y_0は、原点から出て偏角y0y_0の方向に伸びる半直線にうつる。 縦線x=x0x=x_0は、原点中心で半径ex0e^{x_0}の円周にうつる。 yyが2π2\pi増えるごとに同じ円周を一周するので、この対応は一対一ではない。

幅2π2\piの半開の横帯{x+iy:0≤y<2π}\{x+iy : 0\leq y<2\pi\}に制限すれば、exp⁡\expはC∖{0}\C\setminus\{0\}への全単射になる。

ただしこれは、各点に逆像を一つずつ割り当てたというだけであって、C∖{0}\C\setminus\{0\}の上で連続な対数が得られたわけではない。 この逆写像は正の実軸の上で不連続である。 第1章の偏角でも見たように、範囲を制限して値を一つに決めると正の実軸で値が跳ぶのであり、ここでもそれと同じことが起きている。 実際zϵ=e−iϵz_\epsilon=e^{-i\epsilon}はϵ→0\epsilon\to0で11に近づくが、選ばれた逆像はi(2π−ϵ)→2πii(2\pi-\epsilon)\to2\pi iである一方、11の逆像は00である。

代表値を一つずつ選ぶことと、開領域の上で連続・正則な分枝を作ることは区別しておきたい。 正則な分枝を作るには、開いた横帯{x+iy:0<y<2π}\{x+iy : 0<y<2\pi\}と、そこにうつる切断領域C∖[0,∞)\C\setminus[0,\infty)を対にして使えばよい。 次の記事で対数関数の分枝を扱うときも、定義域をこのように開領域にとる。

exp⁡\exp による直線の像

exp⁡\expによって次の直線がどこにうつるか答えよ。

  1. 縦線x=1x=1
  2. 横線y=π4y=\dfrac{\pi}{4}
解答

1. z=1+iyz=1+iyのときexp⁡(z)=e1(cos⁡y+isin⁡y)\exp(z)=e^1(\cos y+i\sin y)であるから、∣exp⁡(z)∣=e\lvert\exp(z)\rvert=eで偏角はyyである。 yyがR\R全体を動くので、像は原点中心・半径eeの円周である。 ただしyyが2π2\pi増えるごとに同じ円周を一周するので、一対一ではない。

2. z=x+πi4z=x+\dfrac{\pi i}{4}のときexp⁡(z)=ex(cos⁡π4+isin⁡π4)\exp(z)=e^x\left(\cos\dfrac{\pi}{4}+i\sin\dfrac{\pi}{4}\right)である。 偏角はπ4\dfrac{\pi}{4}で一定、絶対値exe^xは正の実数全体を動く。 よって像は原点から偏角π4\dfrac{\pi}{4}の方向に伸びる半直線(原点は含まない)である。

三角関数

複素関数としての三角関数を定義しよう。

実数θ\thetaに対しeiθ=cos⁡θ+isin⁡θe^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\thetaであったから、

eiθ+e−iθ2=cos⁡θ \dfrac{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}{2}=\cos\theta eiθ−e−iθ2i=sin⁡θ \dfrac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{2i}=\sin\theta

が成り立つ。

そこで、同じ式を用いてそのまま複素数に拡張する。

複素三角関数
cos⁡z=eiz+e−iz2,sin⁡z=eiz−e−iz2i \cos z = \dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}{2},\qquad \sin z = \dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}

と定める。

これは実数に対する三角関数と同様に周期2π2\piをもち、加法定理が成り立つ。 いずれも指数関数の周期性と指数法則から従う。

cos⁡(z+2π)=cos⁡z \cos (z + 2\pi) = \cos z sin⁡(z+2π)=sin⁡z \sin (z + 2\pi) = \sin z cos⁡(z+w)=cos⁡zcos⁡w−sin⁡zsin⁡w \cos (z + w) = \cos z \cos w - \sin z \sin w sin⁡(z+w)=sin⁡zcos⁡w+sin⁡wcos⁡z \sin (z + w) = \sin z \cos w + \sin w \cos z

あわせて双曲線関数も定義しておく。 後の章でcosh⁡,sinh⁡\cosh, \sinhを使うので、記号をここで決めておく。

双曲線関数
cosh⁡z=ez+e−z2,sinh⁡z=ez−e−z2 \cosh z=\frac{e^z+e^{-z}}{2},\qquad \sinh z=\frac{e^z-e^{-z}}{2}

と定める。

三角関数との関係は

cos⁡(iz)=cosh⁡z,sin⁡(iz)=isinh⁡z\cos(iz)=\cosh z,\qquad \sin(iz)=i\sinh z

である。 定義に代入すれば直ちに確かめられる。

ただし実数の場合と違い、∣cos⁡z∣≤1\lvert\cos z\rvert\leq1は成り立たない。 例えばyyを実数とすると

cos⁡(iy)=e−y+ey2\cos(iy)=\frac{e^{-y}+e^{y}}{2}

であり、y→∞y\to\inftyで無限大に発散する。